

11月29日(日)上田東御小県野球祭りが開催されました。
私事ですが、坂城町は剣道が盛んな町で、小学校に入学すると自然に剣道を始めました。武道は礼儀作法を教わる有効なものでした。夏の暑い日に防具をつけ、冬の寒さの中素足で体を鍛えました。その頃、球界は長嶋.王選手が活躍、父親に後楽園球場に連れて行ってもらうことが年に1度の楽しみでした。「僕、野球がやりたい」当然剣道をやめることになるので、「野球は絶対に辞めないから」と、剣道をしていた祖父に頼み込んでようやく許可されたのが5年生。放課後は小学校の校庭で仲間を集めて日が暮れるまで野球、野球。クラスも学年も関係なく、近所のおじさんまでもが審判をしてくれました。当時値段の高かったグローブをとても大切に使った記憶があります。本当に毎日が楽しかった!リトルリーグ、シニアリーグから高校野球は、憧れの甲子園に行くために走り抜けました。将来巨人に入ることを諦めたのは高校1年生。現実を知り、高校野球に携わりたいと教師を目指し始めたのも高校時代。祖父と約束した「野球は絶対に辞めない」を、この歳になるまで貫き通し、父親に連れて行ってもらった後楽園球場の人工芝の眩しさと、いつも試合に応援に来てくれた母親の隠れた顔は今でも忘れることはありません。今年母親が他界し、皆いなくなってしまいましたが、私の野球は終わりません…
野球にはそれぞれのドラマがあります。テーマも背景も登場人物も人それぞれ違うのですが、共通するのは「野球が好き」なことです。野球の好きな子供たちが、好きな野球を思い切りできるように、そしていつまでも続けられるようにする事が我々の使命かと思います。
グラウンドでは小さなユニフォームが楽しそうに踊っていました。 栗原
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